技術と設備
焙煎
焙煎はコーヒーを飲用するために不可欠な加工である。それは単純にいうならコーヒー生豆を加熱調理する工程であるが、細部を検討すれば複雑きわまりない理化学的反応のパレードだ。水分は蒸発し、糖はカラメル化し、クロロゲン酸類は加水分解する。褐色化反応もあれば、不明な成分が不明なままで揮発してしまったりもする。組織は膨張し、破裂もする。それらをあまりこまごまと書くつもりはないが、大切なことは一連の過程が豆の全部に渡って過不足なく行われなければならないということだ。
全部に渡って過不足なくということを言い換えれば、均一かつ適度にだ。焙煎豆のある部分が摂氏 195 度に達しなかったならアロマが未発達になる。渋く青臭い味が出る。また 245 度を越えてしまったならアロマは焼け抜け、焦げ臭い味が生まれる。コーヒー豆は全体が均一な温度にまで加熱されなければならないし、すくなくともこの範囲から外れる部分があってはいけない。
さらに考えてみよう。焙煎でもっとも多くのカロリーを要する反応が水分の蒸発だ。無理な加熱によって枯れ具合にむらが出れば、ほかの反応の進行が著しく揃わなくなる。だから加熱に無理があってはいけない。
生豆に含まれる水分はおよそ 12〜13% ほど。これが焙煎されることで 2〜3% になる。だがしかし実際に失われる重量 (シュリンケージ) は 16% にもなるのだ。すなわち水以外の何かが失われてしまっている。じっくりと焼き上げられたコーヒーに豊かな味はない。それら損失成分を惜しむならば、加熱は悠長であってもいけない。
そしてさらに組織が膨らむことも考えてみる。膨張率は抽出効率に影響を及ぼす。膨らむのは豆内部の加圧があるためだから、特に膨張局面においてはカロリーの不足があってはいけない。クイックローストが基本だ。
このように焙煎というのは単純でもあり、やっかいな難題でもある。うまく行うためにはその過程を理解することが不可欠で、どんな機械を与えられてもある程度の熟練は必要となるものだ。それでも装置によって要求される熟練度はことなるものであり、目的に適した焙煎装置を正しく操作することから学びたい。
直火式焙煎機
スタンダードな焙煎機の外見は一様に円筒形のドラムを横に寝かせた形をしている。ドラムを回転することで豆を撹拌し、一端を開放することですみやかに排出する。100年以上前に確立しているこの構造が現在でも主流であるのは稼働部分が少なくシンプルであるという良い機械の条件を満たしているからだろう。18世紀に工業的なコーヒー焙煎が広がった当時は人力による運転でありドラムはまるごと火にかけられた。まもなく蒸気さらに電力を使用した動力化装置となるもののその間構造の変化はほとんどなかった。これを現在では直火式焙煎機と呼ぶが、それはその加熱方式による呼称である。豆は加熱されたドラムとの接触、暖められた周囲の空気からの加熱によって焙煎される。
熱風式焙煎機
19世紀末の革新においてファンやエアーポンプによる熱風のドラム内導入が取り入れられた。また 1934年に Jabez Burns 社が開発した装置はドラム自体を加熱することを廃止して熱風だけによる焙煎を可能にした。これらを熱風式焙煎機と呼ぶ。
※前者を区別して半直火式または半熱風式焙煎機と呼ぶこともある。
熱風による加熱はより均一に焙煎を行うことを可能にし焙煎時間の短縮にも効果的な方法だ。断熱ドラム採用後の装置では一部の豆が焼け焦げることもほとんどなくなった。これら利点により熱風式焙煎機は 40年代には一気に従来型の直火式焙煎機を置き換えた。
工業用焙煎機はほとんどすべて熱風式焙煎機となった。今でも直火式焙煎機を用いるのは機械として単純でコンパクト化しやすく比較的安価であるからで、店頭向け超小型ロースターやサンプルロースターでの利用にとどまる。手作業や職人気質の賛美から直火式焙煎機のほうが優れているなどという風潮も一部あるようだが、それは加工の効率よりイメージを優先するナンセンスであり、機械の構造を理解しない意見でもある。
熱風の循環
初期の熱風式焙煎機は直火式焙煎機をたんに継承するにすぎないものだった。やがて設備が大型化するにつれて燃費の問題が出てくる。ドラム内をただ一度通過するためだけに空気を 250度に加熱するのはとんでもない無駄だ。そこで熱風を再利用する仕組みが考案された。排出された熱風をバーナーに戻し再加熱する、つまり同じ空気を何度も循環させるのだ。そうすれば燃料を節約し熱源ユニットを過度に大型化しなくてすむのではないか。
まず空気の入れ換えはバーナーを燃焼させる分だけでいい。排気が減少するということは排気を処理するための周辺設備、サイクロン集塵機や触媒装置、アフターバーナー (再燃焼装置) もまた簡略なもので足りるようになるということである。何しろ循環空気を再加熱させる当たり前の経路で排気は自然と再燃焼されるのだから。それら設備の重すぎる足枷を減ずることなしには現代の超大型焙煎機を作ることは困難だっただろう。
また入排気を管理することは室内環境全体の管理に技術的につながるものだ。焙煎の化学反応とバーナーの燃焼に不必要な余分な酸素を遮断することが理想的には可能になる。理屈の上では炒り上がり直後の豆内部と豆周囲の酸素濃度は低く抑えられ、その後の品質保持努力を助けるものとなるだろう。そしてチャンバー内の気圧を高められれば熱風の熱ポテンシャルが比例的に高められる。倍の気圧に圧縮された空気は同じ温度と体積で倍の熱量を保ち、効率良く豆を加熱することが出来る。だがこれら新技術はいずれもまだ標準的な技術となっているものではない。各メーカーが競って開発している途上の技術だ。
冷却機
焙煎機に併設された冷却機は熱風式焙煎機とほぼ同時に誕生した。本体機能のファンをそのまま流用するものであったからである。装置の有用性が認められるやこれはすみやかに普及し、また独自のブロアーを内蔵して焙煎機本体の連続作業を妨げることはなくなった。
装置の有用性とはこの場合、作業時間を短縮し効率化するにすぎないものだったが、実のところ冷却の効果は焙煎豆品質の向上にこそあるという認識がその後進んだ。加熱を続けなくても十分に高温なコーヒー豆の焙煎は進む。だからこれはなるべく短時間に冷却し焙煎の固定を行わなくてはならない。そして組織が破壊されたコーヒーは二酸化炭素排出とともに酸素吸収を加速させる。酸敗反応の進行の大きい高温状態を続けることに利点はない。
そこで単純な空冷だけでなく若干の水をスプレー散布する方式 (water quench) が近年開発され多くの焙煎機メーカーが採用している。送り込む空気を冷却することもある。
焙煎機、冷却機、粉砕・包装が完全にライン化された近代工場では冷却機は密閉されて異物の混入機会をなくすようになっている。また高度な水冷装置では外部空気の取り込みをいっさい廃止して、冷却を含む全工程での無酸素化を達成してきている。
連続焙煎機
熱風による加熱調理はコーヒー焙煎機にだけ利用される技術ではない。汎用厨房器具としてコンベクション・オーブン (convection oven) と呼ばれる設備が古くから存在するが、これは文字通り熱風を対流させて対象物を加熱するものだ。熱風焙煎機のほうこそ、このオーブンの一種であると言えるくらいである。
コンベクション・オーブンにはいくつかのタイプがあるがそのすべてはバッチ処理を行う固定式と連続的に処理する搬送式とに大別される。搬送式の装置では高温の空気が強制対流するトンネル内を素材がベルトコンベアにて通過させられる仕組みになっており、任意の数量の素材を途切れることなく同一条件で加工することが出来る。
搬送式のコンベクション・オーブンをコーヒー焙煎に応用したものが初期の連続焙煎機である。ただし豆はやはり皿に盛った肉とは勝手が違う。コーヒー専用機として搬送にはベルトコンベアではなくスクリューコンベアが採用されていた。
大型焙煎機
焙煎機の経済性、加工品質の安定化を求めるのに連続焙煎だけがその唯一の方法ではない。バッチにはバッチの利点が存在するのであるから、これを大型化かつ高速化すればすむという結論もあるだろう。この考えを進めるうえで障害となるのが機械的な構造の限度というものである。これまでのドラム型の撹拌装置は強度や設備効率の問題からせいぜい 240Kg 未満の容量しか扱えなかった。これを越える新しい焙煎機には新しい発想がある。
たとえば先に示した Rapido NOVA の撹拌装置はバケット・ホイールという。これなどは従来型を非常に強力にするもので 300Kg を越える量を完全に撹拌する能力がある。
また圧縮空気搬送技術の進歩から大量のコーヒー豆を流体的に扱うことが可能になり、焙煎熱風が撹拌の役目を果たすようにもなった。NEUHAUS NEOTEC の機械では円筒内部を円周に沿って豆が流れる。PROBAT の Type RZ は 遠心撹拌式 (centrifugal force mixing principle) といい、中央の熱風噴出と装置回転の力を用いて豆を還流させる。これらの装置でも 300Kg 以上を扱えるし、焙煎時間も最短 5 分に短縮される。理論的にはトン単位の容量のものも制作可能だ。
大型焙煎機の利点は容量の大きさだけではない。加熱効率からして格段の向上をもたらす理由がある。豆が発する輻射熱の利用である。
熱は高温に熱せられた装置との接触で伝播する。また強制あるいは自然対流する空気から伝わる。そしてそれら以上に重要で無視し得ないのが輻射による加熱だ。輻射熱は他の方法に比べようもなく豆の表面全体を均一かつ直接に加熱するものである。
輻射熱源は赤外線ヒーターのような特別なものもあるにはあるが、実は設備本体や豆そのものが発する部分がとても大きい。設備が大型化し容積が増大すればそのことだけで加熱における輻射の役割は増大する。だから大型焙煎機を使用した加工では商品としての安定度は高められる傾向があり歩留まりにも貢献する。
炭火焙煎機
70 年代日本で生まれ注目された炭火焙煎機は熱源に炭を用いる直火式または熱風式の改造焙煎機で、比較的に単純で小型である。
炭は燃料として非常に古いもので、社会が化石燃料を中心に利用するようになってずいぶん経過した今日になって再注目された素材だ。炭火は燃焼時に炭素励起をともない強烈な熱輻射を行う。またガスや電気では困難な非常な高熱を得ることが可能でもある。そのため肉や魚をおいしく焼ける燃料であるとされている。他の燃料よりも自然の産物という印象が強かったこともあるだろう。もっとも天然ガスだって天然素材なわけだが。
焙煎機の構造上、炭が発する遠赤外線はコーヒー豆には届かない。実のところ加熱方式は炭以外の熱源を使用した場合と同じなのである。むしろ燃焼を管理しにくい点で加工条件が不安定となりやすく商品の質は落ちるものだ。しかし宣伝の口上はともかくとして炭火焙煎機が狙ったのは炭の持つ特殊燃料の利点ではなく高級感だった。炭を使えば扱いは難しくて燃費が高い。品質が向上するわけでもない。しかしそんなことは承知の上で高く売れる高級な商品イメージを生み出す装置としてはじめから開発されたものだ。
炭焼きを称する焙煎豆は一様に深い焙煎度で作られているが、けっして普通に焙煎出来ないことはない。炭のイメージを強くするためには炭のように黒くすることが妥当な選択なのだろう。
ところで、これまでに見た小型焙煎機のうちで非常によく出来ていると感心したのが、日野さんという方の作った炭火焙煎機。
炭しか使える熱源がない環境にいたから炭を使わざるを得なかったらしいが、そのための工夫が好結果につながった。炭だからうまいのではなくて、炭を使うためにした工夫がすばらしかった。
この焙煎機、高温の炭をたくさん室内で使うもんだから、耐熱をしっかりしないと命が危険にさらされた。だから四方を耐熱レンガでびしっと固めたんですね。ご存知のように耐熱レンガは丈夫なだけでなく、熱伝導が小さい。熱を囲い込んで逃がさないから安全確保にうってつけなのです。
熱伝導が低い特性を買われて採用されたレンガのほうは、吸収しきれない熱を伝播して逃がせないものだから、がんがん輻射して逃がそうとする。そんなわけで、不安定な熱源である炭火の熱は閉じ込められて、豆はほとんど輻射熱だけでしっかり焼かれることになったのです。これぞ怪我の功名。炭火の成果。
インピンジメント
これがさらに進化したものがインピンジメントシステム (Inpingement system) であり、コーヒーに利用したものが STARBUCKS の焙煎機として名を知られた Jet Roaster である。
空気中の物体とその周囲の温度の変化は一方が熱を奪われ他方が熱を得るなどというように単純に分けて考えられるものではない。物体の温度変化が対流に影響し、さらに物体の熱分布に影響するような複雑な全体をひとつの系として捉えねばならないものである。現象としてはまるで物体が薄い空気の断熱膜をまとっているかのように振る舞う。実際にそのような膜が存在するのではなく、それを仮定的に存在するものとして扱えば理論と実際がよりよく整合するということだ。新技術はこの断熱膜を高温高圧の空気で吹き飛ばし、対象物を直接に加熱するというものだ。
コーヒー焙煎用の設備では振動板による搬送を採用している。この装置を用いた焙煎では豆の可溶成分保存と組織膨張の効果はこれまでになく大きい。だからこれは高収率 (hi yield, super yield) 焙煎であるともいう。焙煎時間も最短 3分という驚異的効率を誇るものである。
これに匹敵する高効率の方法としてはスチームを用いる方法があるが、まだコーヒー焙煎に関しては実用化していない。(調理用のスチコンみたいなものなら作れるているが、連続焙煎と組み合わせてパフォーマンスを上げるのはなかなか難しい。)
直火式焙煎機と熱風式焙煎機
コーヒーのアロマが加熱で生まれるには 200 度の温度が必要なようだ。これは経験的なものだから別の数字を挙げる方もあるかも知れない。下限ぎりぎりの浅煎りの焙煎を行うときあまりに均質な加工を実現してしまうと、ロット全体がこの線に届かずにアロマ不足となることがある。これは熱風で焙煎する場合に顕著であり、直火の機械で加工するとこれがあまり問題にならなくなる。焙煎が不均質でロット内での焙煎度分布に広がりがあるため、ぎりぎりの温度しか達成していなくても部分的にクリアしているようなことになるためだ。
反対に 230 度以上の高温では焼け焦げたような強烈な苦味が発生する。直火の焙煎機で深煎りをやると注意深いコントロールをしてやらないと、部分的にこの温度に突入してしまう。熱風で焙煎するとこうした管理が非常に容易であるので、かなりの温度まで豆を暴れさせずに持っていける。
通常の焙煎においてもこうした点が興味ある結果を見せてくれる。むかしから直火の焙煎機で加工したほうが豆の味に深みがある、奥行きがあると言われている。それはようするに炒りムラがあるということの結果なのだ。焙煎度の微妙にことなる豆をブレンドするのと同じ結果が普通の加工工程で生まれてくることがある。それが思わぬ新鮮味や香ばしさとしてあらわれることがある。
品質があまりに不均質な加工品を商品と呼ぶのにぼくは強い抵抗感がある。そのような製品を生み出す直火の焙煎機をぼくは決して認めないし歴史の遺物であると見做している。しかし逆に熱風であっさり焼いてしまうと味気ない、直火できちんと焼き上げたコーヒーがすばらしいと賛美する意見も理解することができる。
ドトールが直火式の大型焙煎機という前代未聞の装置を設置した当時、これはとんでもない愚だと思われた。実際それから何年かはとんでもなく不味いコーヒーに当たることが多かった。非常においしいコーヒーに当たることもあった。メーカーはそのようなばらつきを許容すべきでないから、品質管理の能力すら疑った。最近では機械の運転データが十分に揃ってきたのか、だんだんと均質化されているような印象がある。それでもたまに欠陥品を飲まされるから安心できない。
粉砕
焙煎されたコーヒーの抽出のために粉砕工程がある。その目的は焙煎豆の表面積を増大させることにより、抽出効率を高めることである。しかし抽出工程はただやみくもにコーヒー成分を引きだせば良いわけではもちろんなく、良好な成分はより多く取りだされ、そうでない成分はなるべく豆組織内に保存されることが望ましい。また飲用に適した濃度というものもある。それぞれの抽出方法 (ドリップ、サイフォン、エスプレッソなど) にはそのために工夫された器具があり、また器具に適した粉の使用を前提している。つまり粉砕は抽出器具を前にして、道具によって要求されるようなコーヒー粉を作り出す工程である。
粉砕装置 (mill, grinder) に求められる性能はまず均一なコーヒー抽出のために均一なコーヒー粉を得ることである。次に熱と微粉の発生が極少であること。熱はおもに回転する歯と豆の衝突により発生するものだが、高速に回転するミルでは衝突時の表面温度は瞬間的に鉄の融点を越えることもあるほど。またこのとき同時に微細な豆の破片がこぼれ落ちるのだ。高熱にさらされることに由来するコーヒー豆の品質への影響は、劣化進行の促進および粉砕後の劣化進行速度の増加ということになる。影響の大部分は後者のものだから粉砕後に時間をあまり経ずに抽出が行われるときにはあまり神経質になることはない。つまり挽き立てを供するのであれば熱は無視してもかまわない。挽いて時間経過することが見込まれるのなら、これはとても重要な性能の要素と� ��る。微粉の存在は即座に過剰抽出として味の破壊につながってくるだろうから少ないに越したことはない。
熱発生の抑制のためには豆を叩くよりもこすること、こするよりも切ること、切るよりも割ることが望ましい力のかけかただ。そのために各装置のメーカーの試行錯誤は複雑な歯の形状をさまざまに生み出している。そしてさらに積極的な熱発生の抑制策として歯の空冷、水冷による冷却機能が実装されている製品も存在している。微粉の発生を防げないこととして、その除去装置を内蔵またはオプションとする装置もある。
グラインド歯 (grain mill) はメッシュがなかなか揃わない。反面、摩耗しても極端に性能劣化することがない。カッティング歯 (burr grinder) は相対的な熱発生が少ないこと、メッシュを揃えやすいことが特徴であるが、安価な機械では加工精度が低いためその利点は得られない。そして微粉発生は多くなる傾向にあり、摩耗により急激な性能劣化が引き起こされることがある。いずれも機械である以上は適切なメンテナンスを要求するものであり、正しく使うことが品質安定の必須条件となる。
手廻しミル
これは仕組みとしてはもっともプリミティブな装置であって大部分はすり潰し (グラインド) 機構を採っている。新しい製品ではカッティング歯のものもあり豆を切り刻む機構になっているが、このレベルのミルではその結果は大差ない。歯の材質は鉄やアルミ、亜鉛などの合金でありダイキャスト成型されている。単純で壊れにくい反面、粒度は揃わない。最大の特徴は回転速度がきわめて遅く、熱を持たず歯の摩耗も少ないという点だ。最新の製品にはセラミック歯のものもある。これも特徴は従来のものと変わらない。ただし粒度はすこしはましな程度に揃うし摩滅もさらに少ないようだ。とにかく価格の安いことが利点であって、家庭用に使うにはこのタイプで十分と思う。中細 〜 粗挽きに使える。
プロペラ式簡易電動ミル
電動のものとしてはいちばん単純な形態。鉢の中に豆を入れ、そこで金属板が高速回転するだけの機構。粒子の細かさは豆の量と回転時間だけで調整する。大きな熱と大量の微粉を発生する。モーター以外に壊れる部分がなく場所を取らないという利点はある。極細挽きにも挽けることからエスプレッソミルの代用となることは評価できる。極細〜 粗挽きに使える。
※ 小型のミキサー、フードプロセッサーとして使うことも可能なので持っていて損はない。私もペッパー類、バニラの粉砕に使用することがある。エスプレッソ用に使う場合は粒子が細かすぎることになりやすいので要注意。
卓上電動ミル
業務用とされるミルで本体がミシンのような腕を出した外観あるいはボックス形をしている。設置に安定感があり使い勝手も良い。歯は円盤状 (disc) で対になっているタイプが大半。旧式で安価なタイプはダイキャスト成型のグラインド歯だが、最近のものはほとんどすべてカッティング式となっている。これは超高硬度の歯の材料の削り出し加工技術が普及したことによる。古いものでもヨーロッパ製の高級機はカット歯である。セラミックなど新素材の採用も見られる。加工精度や耐久性は千差万別なので機種選定には用途を考慮したい。細 〜 粗挽きに使える。機種によっては極細や極粗にも対応するものがある。
エスプレッソ専用ミル
エスプレッソマシンでの抽出に必要な均一で極細挽きのコーヒー粉を得るための専用ミル。小型で高精度のカッティングミル。粉のストック、一定量の粉の取り出し、粉の押し硬め (タンピング) のための装置 (プッシャー) など周辺機能を備える機種も多い。全自動エスプレッソマシンに内蔵される粉砕装置は同様のものである。極細挽きにしか使用できない。
コーヒー用グラニュレーター
グラニュレーターとは工業用粉砕装置の総称。加工対象により最適とされる装置の仕組みと機能は変わる。砂糖、プラスチック、岩石の加工用グラニュレーターというのもあって、どれもまるで違った機械のことを指している。コーヒー用グラニュレーターといえば棒状の歯が対になった装置。歯 (ロールバーカッター) は網またはスクリュー状で互いに逆回転する。その隙に投入された豆がこのカッターで挽き割られる仕組み。歯は通常数対が内蔵される。歯数が少数の機種にはコンパクトなボックス型もあるが、たいていは大型設備である。粉砕熱はほとんど発生しない。メッシュはきわめて均一。歯の耐久力も高い。悪い点が見出せないのだが、あえて欠点を挙げるとすれば、この種類の装置はとても高価なことである。あらゆる粒度の均一なコーヒー粉を得られる。
抽出方法
- ターキッシュ Turkish
- 抽出とはコーヒー成分を取り出して飲めるようにする工程である。コーヒーハウスの生まれたオスマントルコ時代にはまさに煮出して飲むのが普通であったし、現在でも同帝国の影響下にあったアラビア、東欧、北アフリカ全域で習慣や古い風習として残っている。深く焙煎したコーヒーを乳鉢で細かく突き砕き、そのまま鍋で煮出す。砂糖を加えて何度か沸騰させる。粉は濃し取らず上澄みをカップに注ぐ。地域によっては塩、クローブ、カルダモン、ミルクを加えることもある。およそ抽出をコントロールするという発想以前のプリミティブな手法であるのでコツや基本などは存在しないものだ。専用の抽出器具としてイブリックという柄付きの小鍋がある。特徴ある濃厚な液体を得られる。
- ボイル boil; boiling
- 大鍋に湯と粉を入れて馴染ませて、一定時間放置した後に布製フィルターで濾す。特別な道具が不要で大量抽出にも向くので、古い方法でありながら現在でも多用されている。工業原料コーヒーの抽出工程も似たようなやり方が多い。湯温と粉の量と浸析時間を定めてマニュアル作業とすれば、それほどはまずいコーヒーにならない。品質を保つには落とした後で急冷するのが良い。
- ドリップ drip
- 18 世紀にフランスで発明されたと思われる。初期のドリップは金属製の容器に穴を開けただけのバスケットフィルターを用いた。バスケットには一本の脚が取り付けられ、専用器具やポットの中で固定された。それに目からこぼれない程度の粗挽きの粉を詰めて上から注湯するのが基本の使用法。ベトナム式と呼ばれることもあるこの器具も元はヨーロッパの普及品であるのだ。パーコレーターのバスケットや直火型のエスプレッソ器具のバスケットと構造上の類似があるのは偶然ではない。どれもこれもルーツは同じである。啓蒙主義時代のさまざまな技術革新の中ではコーヒー抽出も多様なバリエーションを生み出していたのだ。ちなみに美食家ブリア・サヴァラン (1755〜1826) が 1825 年に書いた文章では、あらゆる抽出方法を試したうちでもっとも良好だったのがドリップであったという。この時代に現在のコーヒー抽出の技術の基礎が築かれたのは間違いがないだろう。フランネル生地のフィルターもよく使われたらしい。
- ペーパードリップは 1908 年のメリタ (Melitta) 夫人の発明に由来する。簡便な取り扱いから世界中に輸出されるようになった。
- ドリップの方法ではコーヒー粉の粒度、湯温、注湯のタイミングを変化させることで抽出を人的に管理することができる。
- パーコレーター percolator
- 19 世紀初期にフランスで発明された器具。循環する沸騰水を粉の層に通すだけの単純な装置。携帯性の良さから今日でもアウトドア用途に人気がある。
- マチネッタ macchinetta
- 19 世紀初期にフランスで発明。上下一対の管にコーヒー粉と湯をそれぞれ収め、反転させることにより攪拌、濾過を行う。
- サイフォン siphon; vacuum pot
- 19 世紀初期にフランスで発明。密閉されたフラスコを加熱することで沸騰水をコーヒー粉の入った器に送る。消火すれば気圧差でコーヒー液が戻る仕組み。高温に保たれたコーヒーが密閉容器内を移動する仕組みなので香りがよく保たれる。
- エスプレッソ espresso
- 原型は 19 世紀初期にフランスで発明。微細な粉を詰めたバスケットフィルター内を高圧の蒸気を通過させて短時間の抽出を行う装置。直接火にかけるストーブトップ型が本来の姿。ボイラーを備えたカウンター据え付け型の開発と生産は 20 世紀の初めのイタリアにおいてである。また戦後にはコンプレッサーを内蔵することでボイラーを小さくした装置が生まれた。近年は自動化と多機能化が進んで大きな市場を形成している。ヨーロッパの全体と旧植民地に普及している。抽出条件が特殊であり抽出される成分もまた選択的であるので、他の器具とは一線を画す。しかし方法自体はドリップの延長にある。
もともとコーヒーは煮出すか浸すかするものだった。これがだんだんとドリップに置き変わるのが 18 世紀。パーコレーターやサイフォンやエスプレッソの原型は 19 世紀、あらゆる技術の爆発的進化の時代にあれこれ工夫されて生まれた。20 世紀にペーパードリップが開発されたように、これらの器具は時代とともに改良が重ねられ、現代でもまだその子孫が生きている。あるものは盛んであるし、あるものはひっそりと残されている。すでに絶滅した知られざる器具類もその痕跡をどこかにとどめているかも知れない。
イタリアはバールとエスプレッソの国と思われている。それは正しいのだが、そうなったのはつい最近のことだ。もともとはフランスやその他のヨーロッパ諸国と同様にカフェの文化圏だった。カフェのコーヒーはドリップかボイルが相場だ。状況が変化したのは 20 世紀初頭。ボイラーを内蔵したカウンタートップ型のエスプレッソマシンが発明されてからのことだった。何杯でもその場で抽出できるこの画期的マシンはその能力にふさわしいバールという業態を作り出した。バールが街にあふれ、エスプレッソに親しんだ市民が今度は旧式なストーブにのせる器具を思い出して家庭内に持ち込むようになった。こうしてイタリアは一夜にしてエスプレッソの国になってしまったというわけだ。エスプレッソコーヒーを作る機械がエスプレッソマシンなのではなく、エスプレッソマシンがエスプレッソコーヒーを作るのが真実。これを取り違えてしまうことを歴史的経緯の忘却とかパラダイムの転換という。