いらっしゃいませ。お飲み物は何になさいますか?
ジンジャーエールください。
先生は、どのような研究をなさっていますか?
私の研究分野は、化学生物学(ケミカルバイオロジー)です。生命が体の中で行っていることは、その大本を調べていくと、体内にある分子同士がくっついたり、離れたり、分解されたり、合成されたりしていることに行き着きます。体の中の分子は、そのほとんどが炭素を骨格とする分子(これを有機化合物といいます)から作られています。DNAとかタンパク質とか脂肪とかは全て有機分子です。体の中にある有機分子の働きや反応の仕方を化学的な手法を使って研究するのが、化学生物学です。
化学的な手法というのが、よくわかりません。どんなやり方ですか?
小さな有機分子を使います。下の図を見てください。
赤い丸がアセチルコリンという有機分子です。アセチルコリンは、細胞上にある黄色のタンパク質受容体と結合します。そうすると、細胞は、細胞内で作った分子を細胞 の外に分泌することがわかっています。
アセチルコリンが黄色のタンパク質受容体と結びつくことで、細胞に分泌という変化が引き起こされました。この図の黄色の分子のように、一般に体を作っている分子 は比較的大きな有機分子(生体高分子といいます)であることが多く、その分子は、アセチルコリンのような相対的に小さな分子(これを低分子といいます)と結合することにより働きが調節されています。
化学的な手法というのは、低分子を用いることによって、細胞の変化を引き起こし、その変化の様子を調べる手法なのです。最近では、送り込まれた低分子が、いつどこで、生体内のどの分子と、どのような反応をしたかを追跡できるようにもなってきました。まるで細胞内の大事な情報を教えてくれるスパイのような働きをしてくれる低分子もあります。
そういう小さな分子はたくさんあるのですか?
(秒)に位置する黒足のフェレット何大陸ですか?
細胞内での動きや働きを追跡するには、いろいろな仕掛けを分子に施しておいてやらないといけないので、研究室で作る特殊なものになりますが、細胞に変化を引き起こすという意味では、私達が病気の時に飲む薬はすべてこの低分子にあてはまります。あと毒もそうですね。薬や毒ってたくさんあると思いますか?
薬局にはすごい種類の薬が棚に積まれていますけど…。
そうですね。でも化学生物学の研究の立場からいうとちょっと違う見方ができます。実は、近年、生物学が発展して、体や細胞の中にある生体高分子のこと(DNAやタンパク質のことです)がかなりわかってきました。ところが、その大きな分子の働きを、どんな低分子が調節しているのかはわからないままになっているものがたくさんあるのです。ですから、私たち、化学生物学者は、大きな生体分子に対して作用を引き起こす低分子を人工的に化学合成して創り出そうとしています。このような合成低分子を創り出して、これまでに知られていなかった生体分子同士の反応を明らかにしたり、細胞内の重要な反応をコントロールして有用な薬を創ったりすることが、化学生物学の醍醐味なんですよ。
新しい薬ができれば、素晴らしいことですね。でも薬になるような分子を創るのって、難しくないんですか?
難しいですよ。かなりしんどい仕事といっていいでしょう。例えば、かつて私達は、「シガトキシン」という食中毒を引き起こす猛毒分子を人工合成したことがあります。シガトキシンは、微生物が作る毒素で食物連鎖を介していろいろな種類の魚介類に蓄積されます。どうしてわざわざ毒を作ったのかというと、毒が作れるようになると、それを基に抗体(毒が体内に入ったときに使う解毒剤のこと)が作れますし、毒の働き方も研究できるからです。下の分子式をみてください。
うわぁー、すごいですね。芋虫みたい。
サーフェスpicutresを骨折
はっ、はっ、はっ。うまいこと言いますね。これはグルコースという6角形の形をした糖を原料として合成を始め、13個の環をつなげていきました。目的の毒分子を寸分の狂いもなく合成するためには、全部で60段階の化学反応が必要です。気がつけば、これを作るのに何年もかかりましたが、この研究のお陰で、有機合成化学の基礎技術を身につけることができました。通常はこのように、一つの分子を目指して、その分子だけを合成しようとするのです。これを、「標的指向型合成」といいます。
しかしこのやり方は、明らかに効率に問題があるので、1990年代に、「組み合わせ化学」(コンビナトリアル・ケミストリー)というやり方が出てきました。これは例えると、レゴブロックのように主要なパーツを基本ブロックとして、それらを組み合わせて新しい分子を作り出そうとする方法です。このやり方だと、一つの分子だけでなく、いくつかの似たような分子が作れました。単純な操作で、多種類の分子を合成できるので、当初この方法は大変期待されました。しかし、得られた有機分子の中から医薬品開発の候補となる物質(これを「リード化合物」といいます)は期待されたほど見つからなかったのです。
どこがまずかったのでしょう?
パーツ同士の組み合わせを変えることで、一見たくさんの分子の種類を生み出したように見えました。しかし、実は分子の立体的な形という観点から見ると、似たようなものばかりになって、どれもほとんど同じような働きしかしなかったのです。低分子が作用する生体高分子(主にたんぱく質)は様々な立体的な形を持っています。ですから、複雑な形をした生体高分子と反応するためには、それと同等か、それ以上の形の多様性に富んだ低分子群を作ってやることが重要になります。そこで私達は、「多様性指向型合成」という新しいアプローチを試みています。分子の立体的な形を決めている背骨にあたる部分にも、有機化学的に可能であれば、思い切って変更を加えることにより、形の多様性を広げてやるのです。そして この広い範囲からリード化合物を見つけます。このことを、図に表してみると次のようなイメージになります。
ミーアキャットは移行されません
1)標的指向型合成 2)組み合わせ化学 3)多様性指向型合成
ケミカルスペース(合成した分子について、個々の特性に基づいて3次元空間にプロットした図)
先生は、これまでの化学合成とは違うやり方で、さまざまな形をもった合成低分子を創り出そうとしているのですね。昔は銛一本で魚を突き刺そうとしていたのに比べて、新しいやり方では、大きな投網を使ってより広い範囲から新しい分子を見つけようとしているように思えました。このやり方で実際に役に立つ低分子を創れそうですか?
私たちは、漢方薬・青蒿素(セイコウソ)の主成分である「アルテミシニン」に着目しました。アルテミシニンは、熱帯の広い地域で猛威をふるっているマラリアに対し現在最も有効な治療薬で、最近、制ガン活性を示すことも報告されている天然有機化合物です。
アルテミシニンの構造
アルテミシニンの構造は少々複雑です。大まかにいうと酸素原子が隣同士で2つつながった(−O−O―)エンドペルオキシドと呼ばれる部分を含む7角形の部分と、2つの6角形の部分がつながった分子の形を持っています。私達は、この構造をお手本として、アルテミシニンに類似した低分子群を可能な限り手広く合成しようとしました。
分子の背骨に相当する骨格を大胆に変化させ、立体的な形の多様性に富んだ低分子群を合成する方法を開発しました。こうして我々が創り出した低分子群はアルテミシニンに負けず劣らず複雑な構造をしていますが、いずれも短い工程数(5−7工程)で、比較的手間を掛けずに合成することができました。化学合成の工程をできるだけ短く設計することは、簡単ではありませんが、化学生物学の研究を進めていく上で極めて大切なことです。
近い将来、作り出された低分子化合物の中から、マラリア以外の病気にも効く薬の候補となるリード化合物を見つけたいです。
新しいリード化合物が見つかるといいですね。もう一つお聞きしたいのですが、これらの低分子が、生体内でどのように働いているのかは、どうやってわかるのですか?
それは大変重要な点ですね。我々が活用するのは小さな有機低分子なので、生体内の様々な分子と反応してしまうことが多く、どのように働いているのかを正確に突き止めることが難しいのです。そこで、私達がスパイとして送り込んだ分子が細胞内のどこで働いているかを追跡できるように蛍光性のある物質を予め低分子につないでおくようにしています。こうすると、低分子は細胞内で光りますから、どこにいるのかわかるのです。さらに、化学反応しやすい部分を低分子に組み込んでやることで、低分子が相互作用した生体高分子に、反応した証拠の目印を付けることができるかもしれません。そんなスパイの"行動履歴"を残すことができるような低分子の創製にも挑戦しています。
この分野はまだまだ大きな可能性がありそうですね。
そうですね。今日説明したような手法を応用して、いままでの生命科学にはなかった研究手法が確立されつつあるので、これから大きな飛躍が期待される分野だと思います。これまで地球上に存在しなかった合成低分子群を創り出し、それを用いて生命現象の解明に取り組むことで、意外な新発見につなげていきたいと考えています。化学と生物学の境界領域の基礎研究であり、なおかつ医薬品や農薬の開発へ応用される可能性もあります。化学を武器に生命の謎に迫りたいと思っている高校生や大学生の皆さんに興味を持っていただけたらとても嬉しいです。
今日はどうもありがとうございました。
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